あきらめない力

根性論に頼らない「あきらめない力」

あきらめるな。
これまで何百回も聞いた言葉だ。
正月の駅伝では、あきらめなかった選手に拍手が送られる。
日本人にとってあきらめないことは美徳だ。
あきらめない人は賞賛される。

※ 過去の筆者作成記事を再編集

「あきらめない」は根性論だけでよいのか?

あきらめないことは、どうやって実現すればよいのだろう。
あきらめるな、頑張れ。以上。
つまり、理屈も何もない。
気合いの問題、根性論だ。

「あきらめるな」は、ビジネス現場でもよく使われる言葉だ。
合理的判断がなされるべきビジネス現場でも理屈はないことが多い。

実際あきらめそうになると、合理的でない屁理屈が顔を出す。
典型的なのは上司のありがたい武勇伝だ。
「おれは、あきらめずにやった。なので、成功した。よっておまえもやれ」
こういう理屈だ。
このとき、「今と状況が違うとか」「それ1回成功しただけだろう」と突っ込もうとしても無駄だ。
なぜなら、すでに上司はあきらめそうになった「気持ちの弱い部下」に怒っており、かつ自分の武勇伝に酔っているからだ。

実際成功することもあるだろう。
ただ、失敗したときは悲惨だ。
限界まであきらめなかった人間は疲弊する。
あきらめなかった組織も疲弊する。

このときの疲弊は半端ではない。
なぜなら、無理な目標を追い続けた心身の疲労に加え、失敗した徒労感が追い打ちをかけるからだ。
どんなに疲れていても成功の見返りがあれば、まだ救われる。
希望に目を向けることができる。

私は1年以上の期間をかけたうえ、失敗して解散したプロジェクトにいくつか参加した。
そのときの組織のなんとも言えない重い空気。途中で倒れる人、休職して帰ってこない人。
成功と失敗は、まさに天国と地獄ほどの差がある。

根性論に頼らない「あきらめない力」とは

根性論はビジネスでも必要なときもあるだろう。
しかし、気合、根性で仕事の成果が左右されて良いのだろうか。
根性論に頼らない成果の出し方、あきらめない力の発揮の仕方はないのだろうか。

私は根性がない。
私は根性論が嫌いだ。
ただ、20年以上新規事業の仕事をしている。
新規事業は本質的に不確実だ。
想定外の出来事が起きて何度も失敗する。
失敗すると社内で、これでもかと叩いてくる人がいる。

あきらめない力の3つの要素

では、根性に頼らない「あきらめない力」とはなにか。
次の3つが必要だと思う。
「失敗から次へ頭を切り替える習慣」「リカバリ手段を発見するスキル」「リカバリ経験」だ。

新規事業は、失敗してあきらめたら終わりだ。
立て直し成功に向け、また挑戦しなければならない。
新規事業成功には、あきらめない力が必要だった。

失敗から次へ頭を切り替える習慣

まずは、失敗から次へ頭を切り替える習慣だ。
新規事業のような頻繁に失敗が起きる環境で、いちいち深く落ち込んでいたら精神力が持たない。
反省はするが後悔はしない。
では、次どうするか?と未来にエネルギーを向ける。

これは根性より習慣の問題だ。
習慣は意識すれば身につけることも可能だ。
失敗から次へ頭を切り替える習慣を身につけると「あきらめない力」が高まる。

リカバリ手段を発見するスキル

2つ目は、リカバリ手段を見つける力だ。
失敗したとき、次の手段が思い浮かばないときもある。
それは絶望だ。
リカバリ手段を持っている、あるいはリカバリ手段を見つける力があれば話は違う。
絶望の中で素早くひかりを見つけられる。
具体的には、突破口を見つけるための分析手法だったり、特別な人脈だったりするだろう。
リカバリ手段を見つける力があれば「あきらめない力」が高まる。

リカバリ経験

3つめは、リカバリ経験だ。
失敗したとき、頭を切り替える習慣とリカバリ手段を見つけるスキルを持っていたら、あきらめない力が高まり、リカバリ経験がついてくる。

「あきらめない力」のうちで最も人によって差がでるのがリカバリ経験だ。
失敗のリカバリ経験が多いと、豊富なリカバリデータベースを持っている状態になる。
この失敗は、こうすればカバーできるのではないか?と思えるパターンが増えてくる。
この状態になったら、あきらめるより次のことを考えたくなるだろう。

しかし、リカバリ経験で得られ、最も重要なのは知識ではなく、考え方だ。
失敗リカバリ経験を積み重ねていった人は、どんな思考回路になるだろうか。
問題に対する考え方が変わってくる。
リカバリ手段を思いつく前から、今回もなんとかなるだろう、と思うようになる。
根性論に頼らずとも、自然と「あきらめない力」が身についてくる。

私は根性がない。
私は根性論が嫌いだ。
ビジネス成功のためにも、自分を守るためにも、根性論に頼らない「あきらめない力」を身につけて欲しい。

(文責:プロジェクトファシリテーター 海老原一司)