IBMにみる戦略フレームワーク活用法「診断→基本方針→行動」

IBMにみる戦略フレームワーク活用法「診断→基本方針→行動」

戦略思考法のベースとなる、「シンプルで強力な戦略フレームワーク「診断」「基本方針」「行動」活用のコツについてIBMの事例を元に解説します。

筆者の一番の戦略おすすめ本「良い戦略、悪い戦略」の最重要戦略フレームワークが「診断」「基本方針」「行動」です。著者は戦略論の大家「リチャード・P・ルメルト」。「世界で最も影響力のあるビジネス思想家ランキング」に毎年選出されています。

1.戦略フレームワーク3つの基本構造

ルメルトは、「良い戦略は、『診断』『基本方針』『行動』という基本構造を持っている」と言います。

この「カーネル」は、おそらく「最もシンプルな経営戦略フレームワーク」です。

戦略の基本3要素

戦略フレームワークの基本構造 ①診断(Diagnosis)

戦略思考では、まず状況を診断し、取り組むべき課題を見極めます。良い診断は重要な問題を選り分け、複雑な状況を明確に解きほぐします。

戦略思考プロセスの診断作業の中心は「今何がおきているかを洗い出すこと」にあります。

「何をするか」を決めることだけが戦略戦略ではありません。より根本的な問題は、状況を完全に把握することです。

戦略フレームワークの基本構造 ②基本方針(Guiding Policy)

「基本方針」は、診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示します。「基本」というのは、大きな方向性を指し示すだけで、具体的に何をすべきかを逐一教えるものではないからです。

英語では、「Guiding Policy」なので、「ガイドとなる方針」ですね。

戦略フレームワークの基本構造 ③行動(Action Plans)

「多くの人が『基本方針』を戦略と名付けて、終わってしまう。これは大きな間違いだ。」とルメルトは言います。

戦略は、行動につながるべきものであり、何かを動き出させるものでなければなりません。戦略思考プロセスには、必ず「行動」が含まれている必要があります。すべての行動を書き連ねることはないですが、具体的に何をすべきかは、明確にする必要があります。

2.ルメルトの戦略フレームワーク基本構造が良い理由

戦略フレームワーク基本構造はすぐ実践可能

マーケティンや経営戦略には、数多くのフレームワークがあります。我々が知る限り、最もシンプルでわかりやすい経営戦略フレームワークが、この「診断」「基本方針」「行動」です。

複雑な戦略フレームワークを学んでも実践では使えません。3つしか要素がなく、プロセスもわかりやすいので、日々の業務で使えるのが基本戦略フレームワークのよいところです。

戦略フレームワーク基本構造は、シンプルで説明しやすい

戦略の難しさは「実行」にあります。どんなによい戦略立案をしても実行に移されなければ無意味です。実行されるには、経営戦略コンセプトを、戦略フレームワークとして、わかりやすく説明し、社員に理解される必要があります。

「診断」「基本方針」「行動」という、経営戦略フレームワークは、戦略論を知らない人にも理解されやすいシンプルなコンセプトです。

3.戦略フレームワーク事例「診断→基本方針→行動」:IBM再建

ルイス・ガースナーのIBM再建戦略を基本構造から読み解く

IT業界での伝説的な企業再建事例にIBMがあります。

1993年4月にルイス・ガースナーがIBM会長兼最高経営責任者(CEO)に就任紙、1993年までの3年間で累積赤字総額150億ドルに陥ったIBMを経営再建しました。さて、ガースナーは、どのような戦略思考プロセスに基づいてIBMを再建したのでしょうか。

ルメルトの戦略フレームワーク基本構造、診断→基本方針→行動、に沿って考えます。

戦略フレームワーク事例 ①ルイス・ガースナーの診断

ルイス・ガースナーは、IBMの問題は、総合メーカーであることでなく「総合的なスキルを活かせないことである」と診断します。

当時のコンピュータ業界は、垂直統合から、CPU(インテル)、メモリ、OS(マイクロソフト)などの各モジュールごとのプレイヤーが力をつけて水平分業化に向かっていました。ガースナーの診断は当時のコンピュータ業界の流れに逆行するともいえる、画期的な診断といってもよいでしょう。

戦略フレームワーク事例 ②ルイス・ガースナーの基本方針

ルイス・ガースナー就任時のIBMでは、これまでの技術の蓄積を活かして、水平分業で戦うべきという意見が多くありました。

しかし、ルイス・ガースナーは、「診断」に基づき分業化ではなく、統合化を進める。ハードウェア中心ではなく、顧客向けのソリューションに力を入れていくという「基本方針」を示しました。

ハードウェアの会社ではなく、ITソリューション、ITコンサルティングの会社になろうとしたわけです。

戦略フレームワーク事例 ③ルイス・ガースナーの行動

「基本方針」に基づきとった「行動」が、「営業体制変更と自前主義の転換」です。

顧客志向の組織

まず、顧客を軸にした営業体制に移行しました。「金融」「製造業」など業界軸を中心とした組織体制しに、顧客の業界に精通したセールス担当者を育成します。

垂直統合・自前主義の方針転換

これまの「垂直統合」「すべて自前主義」を方向転換します。例えば、顧客のソリューションのために必要と考えられるソフトウェア企業を自前主義に拘らず買収しています。代表例は、1995年にトップシェアグループウェアのLotus Notesを持つLotusを買収しました。以後も運用管理ソフトウェアを持つTivoliを買収しています。

一方、顧客ソリューションへの寄与が低いと見なした、ハードウェア事業は撤退・売却しています。代表例が「ハードディスク事業」でしょう。

4.戦略フレームワークの間違った使い方

「目標設定」は戦略ではない

自社の経営戦略が、実行面に問題があると考える経営者は、「戦略立案」と「目標設定」を混同している方が多いようです。

「『売上30%増」などの業績目標設定、そのもの」は、ルメルトの戦略フレームワークでは、戦略とはいえません

業績目標設定」は必要ですが、単に目標があるだけです。「診断」に基づいた目標の実現のための「基本方針」や「行動」が含まれ、ルメルトの戦略フレームワークの3つの基本構造がすべて揃って、初めて「経営戦略」と呼ぶに値します。

事実から目を背けるニューソート運動「成功すると考えたら成功する」

「ポジティブシンキング」「引き寄せの法則」「思考は現実化する」など、「ニューソート運動」と呼ばれるものがあります。つまり、「信念を貫けば必ずできる、できないと思ってはいけない」という思想です。これら、戦略フレームワーク活用を阻む典型的な思想です。もちろん、精神力・気合いなど「人間の意思の力」は重要です。

しかし、診断→基本方針→行動の戦略フレームワークにおいて、ニューソート運動の影響を受け、客観的診断に目を背けた戦略は、ほぼ確実に失敗します。「強い意識」は戦略を考えるときではなく、戦略フレームワークを使ってできた「良い戦略計画をやり抜くこと(実行)」に使うのです。

※ 本記事は、過去の筆者作成記事を再編集したものです。

(文責:プロジェクトファシリテーター、ロジカルシンキング講師 海老原一司)


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